アルミの弁当箱
アルミは酸に弱い。 なぜそのことを当時小学生だった僕が知ったか。 仕事に向かう親父の朝は、早かった。 冬場はまだ暗いうちから家を出ていた。 そんな親父の弁当箱には穴が空いていた。 それもちょうど真ん中にである。 ある時、その穴の空いたところから赤い梅干しが顔をのぞかしているのを発見した。 頑固一徹だった親父の勲章のような、穴の空いた「日の丸弁当箱」であった。
大正生まれ
親父は、大正生まれを自慢していた。 親父は、大正15年生まれであった。 なんでそんなに大正生まれを自慢するのか理由(わけ)を聞いたことはなかったが、ただ単に大正生まれの人の数が少ないことが、お気に入りであったように思う。
大酒飲み
親父は、大酒飲みであった。 休みの日は朝から晩まで飲んでいた。 その当時を知っている知人の方からは、「ビールのケースを横に置いて、二人で1ケース飲んだよ」と酒飲み武勇伝を聞かされた。 その知人もかなりの酒豪である。 そうでなければ大酒飲みの親父と朝から晩までは付き合えない。 体は本当に大丈夫なのだろうか。
僕は、そんな大酒飲みの親父が嫌いであった。 くどくど同じ話しを延々と繰り返し、たまに大声を出したかと思うと大騒ぎをするそんな酒飲みが嫌いであった。 だが皮肉なもので、今では僕もそんな嫌いな酒飲みになってしまった。
今では、僕はそんな親父に本当に感謝をしています。 今までの人生の中で(今もだけど)いろいろと大変なストレスを味わってきたからだと思います。 それで次のような歌を作りました。 よろしくお願いいたします。
「おやじの弁当箱」
穴の空いた 弁当箱
ひょっこり顔出す うめんぼし
昭和の時代を 生きぬいた
頑固印の 野良着の ちゃんちゃんこ
酸(す)いも 辛いも 染み込んだ
親父の 好きな 日の丸弁当
弁当箱は 壊れても
壊しちゃ ならない 道がある
辛い時こそ 情けがわかる
いつか 想いの 心を 燃やせ
雨に 負けるな 嵐に耐えろ
親父の 背中が 教えてくれた
死ぬ気に なったら なんでもできる
それが 親父の 口癖だった
暗く 果て無く 凍える 冬も
いつか 必ず 春の日が 来るよ
焦るな 腐るな 正しく生きろ
親父の 言葉が 俺の道標(みちしるべ)
作詞・作曲 青山哲二
「おやじの弁当箱」 青山哲二 チャンネル YouTube